わが国産業を支える理工系大学・高専:名古屋大学医学部(2001年11月16日、日本工業新聞)

世界に発信する先端医学

現在、日本と世界の医学・医療は、急速な高齢化社会への移行と、それに伴う疾病形態の変化や関連する医療問題の出現など、新たな幾つかの難問に直面している。このため、大学医学部での医学研究に対する社会の要望と期待は、従来にも増して大きい。

名古屋大学医学部の医系研究棟1号館が本格稼働

こうした時代の要請にこたえるため、名古屋大学医学部は、世界でも最新鋭の先導的研究設備や、大学院重点整備計画などを積極的に進めてきた。さらに、待望の医系研究棟1号館をこのほど完成、本格稼働させ、研究・治療のいっそうの充実を図っている。そうした活発な研究活動の一端を紹介する。

創造的研究の一大拠点も完成
施設拡充への第一歩に

名古屋大学医学部で、このほど医系研究棟一号館が完成、本格稼働を始めた。

医学部臨床部門の研究・実験施設
鉄骨造り地上13階、地下2階建て
総工費70億円

この1号館は、医学部臨床部門の研究・実験を行う施設で、鉄骨造り地上13階、地下2階建てで、総建築延べ面積は1万8430平方メートル。総工費は70億円にのぼる。

21世紀の先端医療に向けた教育・研究施設の近代化
諸設備の老朽化や急増する大学院生が課題に

医学部では、医学部と付属病院のある鶴舞地区での諸設備の老朽化や、1998年度からの大学院重点化による大学院生の急増対策などの課題をかかえていた。そうした中で、21世紀の先端医療に向けた教育・研究施設の近代化が急務となっていた。

鶴舞キャンパス再開発
研究棟を統合整理

その課題を解決し、加えて分散している研究棟を統合整理し、高層の病棟をはじめとする鶴舞キャンパス再開発の一環として、この医系研究棟1号館が建設された。

付属病院の中央診療棟の建設費
病院の外来診療棟の改築

鶴舞キャンパスでは、校舎2号館のほか、付属病院の中央診療棟の建設費が概算要求されている。また、病院の外来診療棟の改築も計画され、さらに、いくつかの建物の大規模な改修も行われる予定だ。

独立行政法人としての経営

大学にとって、独立行政法人等の新たな環境のもとでの研究・教育・経営が求められるなかで、強じんな足腰をつくる努力が続けられている。

大学院医学研究科脳神経外科学講座 医学博士・吉田純教授

遺伝子治療を確立
再生医療との融合も視野に

名古屋大学は、生物科学の進歩を臨床医学に橋渡しをするトランスレーショナルリサーチを実践し、21世紀の新しい医療として期待されている遺伝子・再生医療の開発と実用化に向けて、世界と肩を並べて取り組んでいる。

高度先端医療開発事業の一環
遺伝子医療開発推進施設を設置

文部科学省、厚生労働省が進めている高度先端医療開発事業の一環として、医学部付属病院の中に、遺伝子治療ベクター調整室、遺伝子医療支援研究室、遺伝子治療管理室などの遺伝子医療開発推進施設を設置した。

わが国初の純国産の遺伝子治療製剤
独自の遺伝子治療法

そして、わが国初の純国産の遺伝子治療製剤(直径1ミクロンの脂肪カプセル内にプラスミドDNAを包埋したリポソーム製剤)の開発に取り組み、わが国独自の遺伝子治療法の確立を目指した。

インターフェロン遺伝子治療の臨床応用
抗腫瘍効果

その結果、それまで治療法の確立していなかった悪性脳腫瘍(しゅよう)に対し、インターフェロン遺伝子治療の臨床応用への道を開いた。現在、その安全性と強力な抗腫瘍効果を確認しつつある。

長期保存型リポソーム製剤(凍結剤、凍結乾燥剤)の共同開発
悪性黒色腫、肝がん、肺がんなどの治療法

さらに、民間企業と長期保存型リポソーム製剤(凍結剤、凍結乾燥剤)の共同開発に成功。悪性黒色腫、肝がん、肺がんなど、ほかのがん腫に対しても、遺伝子治療法の開発を急いでいる。

ウイルスベクターの開発
安全性の高いアデノ髄伴ウイルスベクター

それと同時に、レトロウイルス、アデノウイルス、ヘルペスウイルス、アデノ髄伴ウイルスなどのウイルスベクターの開発も進めている。特に安全性の高いアデノ髄伴ウイルスベクターは、正常神経細胞や正常肝細胞に、安定した伝子導入が可能であり、国内外の民間企業と共同で、新しい遺伝子治療法の開発を進めている。

遺伝子治療製剤供給センター
遺伝子治療と再生医療の融合

将来は産業界との共同開発をさらに進めるとともに、遺伝子治療製剤供給センターを設立。神経幹細胞はじめ各種の体性幹細胞に遺伝子を導入し、遺伝子治療と再生医療の融合も視野に入れた研究を考えている。

大学院医学研究科眼科学講座 医学博士・三宅養三教授

遺伝性新疾患突き止め
アルコン賞で世界が評価

われわれの研究グループは、独自に開発した網膜電図記録装置を用いて、遺伝性網膜疾患の診断、病態生理の解明に努めてきた。

先天夜盲症
多くの網膜電図を駆使

われわれが1986年に新しい疾患としてアーカイブス・オプタルモロジィに報告した先天夜盲症は、眼底には全く異常がみられず、多くの網膜電図を駆使して初めて診断されるものであったが、新しい疾患が誕生するときの常として、多くの反論があった。

過去に報告のない視機能特性を持つ新しい疾患

しかし、この疾患が過去に報告のない視機能特性を持つ新しい疾患であることを多数例で実証し、過去15年間にわたって数々の欧米の一流誌に発表してきた。

ネイチュア・ゼネティクスの4編にわたる論文
網膜のカルシウムチャンネル遺伝子の変異

その結果、1998年と2000年に、この分野で最も権威のある雑誌であるネイチュア・ゼネティクスの4編にわたる論文で、われわれが提唱した新疾患に関して言及され、この疾患が網膜のカルシウムチャンネル遺伝子の変異を持つ全く新しい疾患であることが証明された。これで、われわれが15年以上にわたり主張してきた新疾患が、世界的に認められたことになる。

「アルコン賞」受賞
眼研究で最も権威のある国際賞

これらの成果により、1995年に眼研究で最も権威のある国際賞である『アルコン賞』を受賞した。これは賞金額10万ドル(1200万円)という大きな賞で、過去、日本人の受賞者は非常に少ない。1999年から私は本賞の選考委員にも選ばれている。

「読売東海医学賞」受賞
国際臨床視覚電気生理学会

さらに、1997年には読売東海医学賞を受賞した。眼科からの受賞は私が初めてである。2000年から4年間の任期で国際臨床視覚電気生理学会の会長(理事長)に日本人として初めて選出された。この学会は、過去にノーベル賞受賞者も輩出した長い歴史を持つ伝統ある学会である。

医学の現場から 黄斑部の病気(2003年4月11日、中日新聞)

電図装置で機能・形態を診断

患者への苦痛、与えずに

光や色を感じる網膜のうちでも、「目の目」といわれる黄斑(おうはん)部。糖尿病黄斑症、加齢黄斑変性など、この黄斑部の病気が増え、同時に、診断・手術法も進歩している。

国際臨床視覚電気生理学会
黄斑部の局所反応

4月1日から5日まで名古屋能楽堂で開かれた国際臨床視覚電気生理学会には、海外からも170人が参加。黄斑部の局所反応や夜盲症の臨床などについて研究発表し、討論を重ねた。

黄斑部網膜電図装置(ERG)

黄斑部網膜電図装置(ERG)の開発者で、この学会の理事長を務める三宅養三・名大大学院医学研究科教授(眼科学)に、病態と診断・治療などについて聞いた。

黄斑部は直径5ミリ程度
視神経の束の先端部(視神経乳頭)に隣接

黄斑部は直径5ミリ程度。隣接した鼻側には、脳の視覚中枢に情報を送る視神経の束の先端部(視神経乳頭)もあり、極めて大切な所で、手術をするにも高度な技術が必要だ。

米ハーバード大学
網膜電図装置の開発に着手

網膜の全体を光刺激し、電気反応を調べる網膜電図装置はあったが、三宅教授は米ハーバード大学へ留学した1976年から、この黄斑部に絞った網膜電図装置の開発に着手した。

視細胞や双極細胞といった層別の機能診断
感度が高い律動様小波(op)

黄斑部に光刺激を与えて、非常に小さな電気反応を正確に記録する装置。1986年ごろには、ヒトで初めてという感度が高い律動様小波(op)も採録、視細胞や双極細胞といった層別の機能が診断できるようになった。

新しい遺伝性黄斑疾患を多数発見
オカルト・マキュラー・ディストロフィー

この黄斑部網膜電図を駆使して新しい遺伝性黄斑疾患を多数発見、オカルト・マキュラー・ディストロフィー(検眼鏡では検出できない黄斑変性)と命名した。この病気は、ある患者との出会いから分かった。

眼底も網膜全視野検査も正常
心因性視機能障害と診断

視力が少しずつ低下、約10年間で0.2になっている28歳の女性。数カ所の眼科施設を訪れたが、眼底も網膜全視野検査も正常で原因が分からず、心因性視機能障害と診断されていた。

家系の眼科検査
黄斑部網膜電図に強い異常

話してみて、心因性とは思われず、黄斑部網膜電図に強い異常があった。家系の眼科検査をしたところ、弟と父親が正常眼底で同じような症状を持っていた。黄斑部網膜電図だけが診断の決め手になった。

各国の医学教科書に記載
欧米でも多数存在する疾患

この疾患は、欧米でも多数認められることが判明、各国の医学教科書に記載されるようになった。

光学的干渉断層計
多局所網膜電図

黄斑部網膜電図に続いて、1992年には多局所網膜電図、1996年には網膜の断層写真を撮ることができる光学的干渉断層計も開発された。

網膜電図と断層計
細胞外液による黄斑浮腫

網膜電図と断層計により、病気の状態が明らかになった。治療前の患者の網膜には、細胞外液による黄斑浮腫(むくみ)が見られ、その波形は健康な人に比べ振幅低下が見られる。

機能と形態の両方で判定
手術も画期的な進歩

下段は治療後の断層写真と波形。黄斑浮腫は消え、波形の振幅は戻っている。このように、機能と形態の両方で判定できるようになり、手術も画期的な進歩を遂げた。

患者に苦痛を与えずに診断
回復過程をより明確に解析

三宅教授は「患者に苦痛を与えないで、こうした診断ができる。手術により、黄斑部の形態は刻々と変化するが、その変化を層別の機能と形態の両面からとらえられ、黄斑病態の回復過程をより明確に解析することが可能となっている」と話している。

アルゴン賞
眼科学分野で国際的に最高の賞

こうした基礎、臨床にわたる業績で三宅教授は1995年に眼科学分野で国際的に最高の賞といわれるアルゴン賞を受賞している。

千葉大、網膜色素変性薬の改善効果裏付け(2013年10月31日、日刊工業新聞)

網膜色素変性の治療薬「ウノプロストン」

中国重慶市で開かれた国際臨床視覚電気生理学シンポジウム

アールテック・ウエノが開発中の網膜色素変性の治療薬「ウノプロストン」(一般名)について第2相臨床試験を行った千葉大学の研究者が、中旬に中国重慶市で開かれた国際臨床視覚電気生理学シンポジウムで、試験実施後2年間の経過観察の結果を発表した。試験期間の24週間に及ぶ網膜色素変性の治療薬「ウノプロストン」(一般名)の投与で改善した患者の視機能が、投与をやめると再び弱まったことから、視機能の改善は網膜色素変性の治療薬「ウノプロストン」(一般名)の効果によるものだと指摘。また、視機能は試験前に比べて2年後の方が高く、改善効果が長期間続いている可能性を示唆したという。

試験実施後2年間の経過観察の結果公表
臨床試験終了後の自主研究

千葉大大学院医学研究院眼科学の中村洋介助教が臨床試験終了後の自主研究として、試験に参加した患者22人の経過観察を行った結果をまとめた。

緑内障・高眼圧症の治療薬「レスキュラ」
順天堂大学、弘前大学

ウノプロストンは緑内障・高眼圧症の治療薬としてすでに販売している点眼液「レスキュラ」の有効成分としても使われている化合物で、神経保護作用がある。第2相臨床試験は千葉大のほか順天堂大学、弘前大学など全国6施設で計112人の患者を対象に行い、2010年7月に結果を公表。それによるとウノプロストンを24週間にわたって投与した患者は、プラセボ(偽薬)を投与した患者に比べて網膜の感度が有意に改善するケースが多かったという。

アールテック・ウエノ社
第3相臨床試験

経過観察の結果、薬効があらためて裏付けられた格好となる。アールテック・ウエノ社は現在、網膜色素変性の治療薬「ウノプロストン」(一般名)の第3相臨床試験を国内で進めており、先ごろ180症例の登録が完了した。